あさのよみもの

スキマ時間にサクッと読めるChromebookネタなど。元々は「自閉症スペクトラムと性別違和」「LGBTとフェミニズム」の話をするとこでした

「Xジェンダーらしく生きる」と「心の性は女」は、ないない

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※この記事は2020年6月のnote記事の再掲です。
LGBTの解説サイトや書籍で「心の性」なんて曖昧なものを使われると困る、という考えは今も変わりません

 

 投げ銭を募っているビスケットのプロフィールをちょっと変えてみて、あぁそういえばこの話しとくんだっけというのを思い出しました。

 

https://bis-cuit.jp/sugapiyo

(※2021年1月追記:現在は欲しいものリストを公開して投げ銭代わりにしています)

 

Xジェンダー」の件。

 

 

 

だって体はXじゃないし

 ちょうど1年前にこんな記事を書いていたのですが、相変わらず自分は果たして女性なのかと疑いをかけます。
 それでも世の中では「中性的に」生きることはある程度までできても、「中性そのもの」という道はありません。

 僕の場合身体治療までは望まないので、女性として生きていくことになります。
 若い頃ならジェンダーレスだ何だと言ってめかし込むこともできるでしょうが、自分は既にそんな年齢ではありません。
 歳を取るにつれて、見た目がゆっくりと「女性らしさ」から離れていく。
 離れていくから、むしろ「Xらしく」とか「Xジェンダーとして」生きるなんてものは難しくなります。
 周りの人たちも自然とそれっぽい感じになっていきますから。

 その中で幸か不幸か、僕はレディース服を着るのもメイクをするのも好きです。
 「着させられる・やらされる」でなければ。
 もちろん、似合うもの、機能的で好きなものならメンズ服や男性向けの小物も買いますが。

 でしたら「やや変わっているけど女性」の人生を歩んだ方が、「Xジェンダーです!」と周囲に言いふらすよりもずっと穏便に暮らせます。
 実際、世の中に周知されていない上にミソジニーの意味合いも含むかも知れないラベルを安易に使うのは、やめてよかったと思っています。

 

※それでも「X(NB)当事者にも身体治療を要する人がいる」ことは周知させる必要はあります


病的なこだわり

 しかし、だからといってやっぱり「心の性は女だ」とは言えません。
 よくLGBTのうちのトランスジェンダーの説明で「体の性と心の性が一致しない」と書かれますが、その意味でいえばやはり広義のトランスジェンダーでしょう。
 時々「心を女にしなきゃ」とか「このままだと自分がニセの女だとバレるんじゃないか」と、布団の中で怯えることがあります。
 ひきこもりの期間も断続的とはいえ、数えれば十年ほどになるので、世の中のひきこもらない女性とは振る舞い方が異なるんじゃないか、という懸念もあります。
 そのせいか余計に「自分は本物の女じゃないが、世の中では隠さないとうまくやれない」プレッシャーにさいなまれます。

 多分、そこまでのこだわりは持つ必要がないはずですがどうしても執着してしまいます。

 Xジェンダー、あるいはノンバイナリーという言い方は一瞬、「ありのまま」っぽい、性別から自由になったようにも聞こえますが自分は全くの逆です。


心に性別はあるのか?


 ただそもそも、「心の性」って何なんですか。
 そんなもの存在するのでしょうか。

 

 何を基準に「男の心」「女の心」とみなされるのでしょう。
 弱音を吐かず、人前で泣こうと思わないのが男?
 穏やかで気遣い上手で、己の美を追求したがるのが女?

 Twitterを覗いたり、リアルで誰かと会ってみるうち、自分は段々と混乱してきました。
 それで僕はたまにこんな風に「心が女ってどういうことだよ」とか「性別は個性って何だよ」って突っ込んでたものです。

 

a33-ace.hatenablog.com


 この「心の性」、GIDで手術や戸籍変更まで済ませた方にとってもどうやらよく分からないようです。
 MtFの方が手術までして体を女性にしたのは「心が女だったから」ではなく「男の体のままだと違和感が強く、あまりに辛かったから」とも聞きます。
 「心が女」をよく言うのは、女装好きの男性とか、オネエという個人的な印象があります。
 ですから「女よりも女らしい」という言葉をかけられて喜ぶのはMtFではなく女装の男性だったりもするのです。

 

※経済的にも身体的にも負担の大きい治療をしたのにMtFが「女より」とつけられてしまうのはつまり、「本物の女より女らしいニセモノだね」と言うことと多分同義でしょうから。
 だからムロツヨシトランスジェンダーになるとかっていうドラマが胡散臭すぎて観られなかったんですけど、実際どうだったんですかね

 

 改めて聞きたいです、何百回でもこのことを。

 

 

 

 身体上の性はまた別の話だけど、心のあり方とか、振る舞いに寛容さが認められればそれでいいと思うのです。

 「心の性」などという言い方でこれ以上悩まされたくないのです。
 「心が女じゃないから」という理由で何か諦めようとする自分自身をなんとかしたい。
 本当は「やや変わっている」の言葉を取っ払った、普通なんだよ、と自分で思いたい。
 体は変えられないし、変えたいとまで思わないのは事実なのだから。
 多分、周りの人はそこまで僕をおかしな何かだとは思っていないはずなんだから。