あさのよみもの

Chromebookネタは新ブログにて。元々は「自閉症スペクトラムと性別違和」「LGBTとフェミニズム」の話をするとこでした

手帳に憧れる、手帳のために手帳を買うってなんだろう

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 この時期になってもまだ手帳選びに悩む方、買ったはいいけど早々に書く気力が失せた方、色々いらっしゃるかと思います。
 手帳術は数あれど、結局実践できなかったものも多いのではないでしょうか。
 そりゃそうです、ひとりひとりライフスタイルが違うのだから、手帳術を読んだところで大半は自分に合いません。

 

 


 それでも、書けないのは分かってても、手帳を使いこなす人に憧れるってありますよね。
 何故でしょう。
 几帳面に書いているとなんか「できる人」っぽいから?
 実際に「手帳で人生を変えた」人がいるから?
 それでまぁ手帳を買うんでしょうけど、手帳「ユーザー」ではなく「コレクター」になってるのではないでしょうか。
 憧れはあっても、手帳をあえて使う理由が「何となく」だったりしませんか?

 

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 うちのブログ、手帳術とか言いながら「読み返さず捨てるくらいなら手帳いらんだろ」とか「Googleカレンダーあるんだからいいだろ」とか散々なことを書いてるので参考にはならないでしょうが。
 それは、あなたにとっては「手帳コレクターになっちゃう」が趣味だとしても、あさの個人としては手帳は道具だからです。

 あくまでも、日々の記録を残しておく道具。
 それは必ずしも手帳である必要はない、という考え方です。

 Chromebookの時だって、たまたまブログ書きの道具として適していたのがそれだったってだけであって。
 もし本当に何か、人生を変えてみたいだとかそういう目標があるのなら真面目に手帳術の本や雑誌の特集など読んでも別に構わないのですが、書くことに対してそこまでの熱量がないのなら手帳も無駄になってしまいますよね。
 それで毎年挫折して、ハードル高いなぁ、やっぱり手帳って書けないのかぁ、と苦しく思っているのももったいないような気がしてしまうのです。
 書けないならそれでも別にいいじゃないですか。

 

 ……と言ってもやっぱり、手帳のスキマを埋めることに憧れるのが人間ですよね。
 何冊も使い分けて、毎日几帳面に書いている人っていいなぁって思いますよね。
 どうしてもそうなっちゃうのなら、それはそれでいいのです。
 ユーザーにはなれずとも、それはそれで手帳の世界を楽しんでいると感じていて、苦痛になっていないのなら別にいいのです。